サンディアゴ・デ・コンポステーラへ巡礼の出発点、ル・ピュイ・アン・ヴレイのノートルダム大聖堂へ

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サンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼路*、ル・ピュイの道の出発点の1つ、
ル・ピュイ・アン・ヴレイに向かいます。
オーヴェルニュ地方は絵にかいたような景色が続くので、ドライブが楽しいです。

サンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼*
11世紀にイスラム教徒からスペイン領土が奪回されたのに伴って、
サンティアゴ・デ・コンポステーラ巡礼が盛んになりました。
巡礼杖と、巡礼中の印として帆立貝を身に着けた巡礼者が信仰と贖罪の行為を行い、
サンティアゴまでの道中にある聖人を崇めました。

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見どころが一番多い巡礼路なので、一番人気があります。

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ル・ピュイは、中世にサンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼路の出発点として
大きく栄えましたが、キリスト教の布教以前より土地の信仰が浸透しており、
その頃の神殿が現在の大聖堂の場所にあったと言われています。
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駐車場をやっと見つけて、ノートルダム大聖堂に向かいます。
16メートルの巨大な聖母子像「ノートルダム・ド・フランス」が見えてきました。
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ノートルダム大聖堂の黒い聖母像を模したものでしょうか?
可愛らしいです。

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ノートルダム大聖堂が見えてきました。

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世界遺産、ノートルダム大聖堂
5世紀頃に建てられた聖堂を基に、その後の増改築を経て、19世紀に現在の姿となります。
11世紀から16世紀にかけては、聖母マリアを祀る最も重要な聖地のひとつであった。
1794年に燃えてしまい、その後13世紀の資料に基づいて再現された黒いマリア像や、
フレスコ画、12世紀から13世紀にかけての彫刻など見どころが多いと言われています。
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裁きの門と鐘楼

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白砂岩世と暗色の火山岩製を交互に組み込んだアーチの縞模様。
交互彩色は、ヴェズレーのマドレーヌ教会のように同時代に作られた教会の特徴だそうです。
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エミール・マ-ル*は、
「ル・ピュイの聖母は、フランス全土に知れ渡っており、
シャルトルの聖母像とほとんど変わらないほど有名であった。
聖母被昇天の祝日の前一週間、巡礼たちはル・ピュイの聖地へ殺到した。
ル・ピュイ地方の険しい山々、辛く危険な道程も彼らを止めることはできなかった。」
と書いています。

*エミール・マール:中世欧州美術を研究する上で今日でも重要な研究を残している
フランスの美術史家。
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溶岩石からつくられた主祭壇にある「黒い聖母像」
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礼拝堂の黒い聖母像聖も主祭壇の黒い聖母子像と同じくフランス革命時に破壊されましたが、
1778年に残されていた素描を元にして造りなおされたそうです
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祭壇の左手方向の奥まった壁の12世紀に厳かなビザンチン風に描かれたフレスコ画
「墓での聖なる女性達(Les Saintes Femmes au tombeau)」。
遺骸を清める為に聖女達が香料を持ってキリストの墓に来ます。
墓の中にキリストがいないことを発見したところ、傍にいた天使が
キリストは蘇ったためここにはいない、と聖女たちに告げている場面。
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平らな黒い石はターブル(英語のテーブル)と言われ「熱病の石」と呼ばれている石です。
ローマ時代に病にかかった女性がこの石の上に聖母マリアを目撃し、
病が治ったという言い伝えがあります。
黒い聖母像が置かれていたのはこの石の前だったと言われています。
キリスト教が広まった後も多くの奇跡が報告され、
今でも巡礼者の中にはこの石の上に寝転び、治癒を祈願する人々がいるそうです。
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サン・ジャン バプティスト教会。
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コルネイユの岩山の頂上のフランスの聖母子像まで登ります。



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by Laviequotidienne | 2016-08-08 05:30 | ロマネスク教会  

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