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【プーリア州の世界遺産】とんがり屋根のトゥルッリが立ち並ぶ白いメルヘンの町、アルベロベッロへ


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アルベロベッロに到着。町の入口には日本語の看板も。トゥルッリを改装したホテルもあります。


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イタリア語講座で紹介された(?)手作りミニチュア店。
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トゥルッリの盆栽?
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ミニオリーブの木とトゥルッリでわび・さびの世界!
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童話の世界から抜け出たような可愛らしいトゥルッリですが、この形になったのは領主が家屋にかかる税金逃れため、すぐに解体できるように、村人に命じたことからだそうです。

アルベロベッロの旧市街には、モンティ地区とアイア・ピッコラ地区の二つの地区があり、1430戸のトゥルッリがあるそうです。
まずは、観光地化されているモンティ地区へ。モンティ地区には、トゥルッリは、1030戸あり、モンティ地区のトゥルッリ群の多くは土産物店や飲食店として利用されています。
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屋根に描かれているシンボルにはそれぞれ土着の宗教やキリスト教などに由来しています。
石灰岩を積んで作られるトゥルッリは最後に頂の穴を塞ぐために尖塔をつけます。尖塔のてっぺんに載せる石は遊び心を加えて様々な形に作られるそうです。
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プーリアの定番柄。
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これを見ていたら、お店の人が後ろから鍋つかみと言ってちょっとびっくり。日本人の観光客が多いのでしょうね。
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お店の天井。
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トゥルッリ屋根でできたサンタントニオ教会。
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アルベロベッロの2人の守護聖人の名を冠したサンティ・メディチ・コズマ・エ・ダミアーノ聖堂。
左右に対照にそびえる鐘楼が特徴です。
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聖堂正面の半円形の装飾。
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地元の人々の住宅として使われているトゥルッリが並ぶアイア・ピッコラ地区へ。
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モンティ地区と対照的に人通りも少なく、ひっそりとしています。
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アルベロベッロで最も大きな、君主のトゥルッロ(トゥルッリは複数形)。君主のトゥルッロというだけあって当時の建築技術と様式の粋を集め、12ものトゥルッリ屋根を持つ希少な2階建て造りとなっています。 長い歴史の中で領主の居城、礼拝堂、僧院など、様々な役割を果たしてきたそうです。
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物件が売り出し中です。
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これは、5万ユーロ。
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20万ユーロ。
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ビューポイント、ベルベデーレ(Belvedere)へ。
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トゥルッリは、近隣の町にもあるのですが、アルベロベッロの特徴はトゥルッリが集合している町並みです。
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ローマ皇帝フェデリーコ二世が残した謎の城、世界遺産カステル・デル・モンテに向かいます。


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by Laviequotidienne | 2014-08-26 16:38 | イタリア  

【プーリア州】とんがり屋根のトゥルッリ街道(?)を通って白亜の丸い町、ロコロトンド(Locorotondo)のワイナリーへ

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サレント半島のレッチェから100km先のロコロトンドを目指します。
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両側にトゥルッリが見えてきました。プーリア州には、トゥルッリというとんがり屋根の石の家が密集しているイトリアの谷、アルベロベッロ、ロコロトンド、マルティーナ・フランカをはじめとする美しい町々がある一帯があります。
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ロコロトンドの町を見渡せる高台に向かいます。
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上部が白くないトゥルッリ。
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高台から。トゥルッリがオリーブの木と一緒に点在しています。
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ロコロトンドの町。
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トゥルッリ街道(?)に戻ってロコロトンドに向かいます。
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標高410mにある円形の町、ロコロトンドが見えてきました。
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ロコロトンドの重要な産業は、ワイン作りで、別名ワインの町と呼ばれています。
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ロコロトンドのワイナリーに到着。駐車場からもトゥルッリが沢山見えます。
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試飲コーナー。
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この青い花模様は、プーリアの陶器の定番模様です。
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町の名を冠した白ワイン”ロコロトンド”など、デイリーワインにぴったりなものが多かったので、箱買いしました。かすかに感じる柑橘系の香りは、いかにも南イタリアのワインらしく、魚介料理に合いそうです。
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嬉しいお値段。
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ロコロトンドには、“円形の場所”という意味があります。ナビを見たら確かに丸いです。丸い形の町はロコロトンドだけではなく、近くのマルティーナ・フランカなどもそうらしく、丸い形は、先史時代の集落の名残だそうです。
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ロコロトンドをアルファベットで書くとLocorotondo。町名の綴りにoが5つも入っていることから、ギネス記録になっているそうです。
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ロコロトンドの旧市街。一面真っ白で、綺麗に掃除されていて、エレガントな町並み。ロコロトンドの楽しみは、この迷路のような 白亜の町の散策です。

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ロコロトンドの人は綺麗好きで、自分の家や近所の家をモップで毎日水拭きしているので、町はいつも綺麗に保たれているそうです。
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トゥルッリが群れ集まった町、世界遺産アルベロベッロに向かいます。

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by Laviequotidienne | 2014-08-26 04:22 | イタリア  

【プーリア州】サレント半島の中心都市、バロックのフィレンツェ、レッチェ(Lecce)へ

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レッチェのシンボル、サンタ・クローチェ教会。バカンス時期なのに、残念ながら修復中でした。
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バルコニーを支えているのは、レパントの戦いで打ち負かしたトルコの海賊や空想上の動物達だそう。
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使われている石は、レッチェ近郊で今も採掘される石灰岩、レッチェ石。
粒子が細かいので、加工しやすいそうです。
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時間や天候によって色が違って見えるそうです。黄昏時は、はちみつ色に輝くそうです。
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内部。
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ドゥオーモ広場。
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レッチェもマテーラ同様2019年の欧州文化首都の候補地です。
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市民の憩いの場、サントロンツォ広場。
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レッチェの守護聖人サントロンツォ。

レッチェは、治安が良いので、夜ライトアップされた町を楽しめると聞いて、レッチェに泊まることにしたのですが、昼間からちょっと怪しげな人達が歩いているし、治安は良いとはいえないと感じました。レストランの選択肢も少なく困っていたところ、たまたまレッチェの郷土料理を出す素敵なマダムがオーダーをとっているレストランを見つけました。
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プーリア料理の特徴らしいですが、前菜の種類が多いです。
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前菜はここまで。
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ワインは、マダムおすすめのCantale Teresa Manara Salento IGT (Chardonnay - barrique)。
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このパスタはユニークでかつ美味しかったです。下にあるパスタは美味しい魚貝のスープをすっているので、柔らかくなっていて、2種類の食感が楽しめます。
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プーリアの人は、「葉っぱ食い」と言われるほど昔から野菜(特に葉物野菜)を食べるそうです。旅行中は、どうしても野菜不足になるので、野菜炒めを沢山頂けるのは嬉しいです。
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町の雰囲気や、修復中の教会でレッチェで宿泊したのをちょっと後悔しましたが、こちらの食事は大満足でした。

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日本で買えるプーリア州のワイン(主な土着品種:ネグロアマーロ、プリミティーヴォ、ネーロ・ディ・トロイア、ボンビーノ・ネーロ、ボンビーノ・ビアンコ)


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by Laviequotidienne | 2014-08-21 17:14 | イタリア  

【プーリア州】イタリア最東端、アドリア海を望む人気のリゾート地オートラントへ

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バジリカータ州のマテーラから220kmのイタリアの最東端、プーリア州サレント半島のオートラントへ。
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ゴールの旗の場所がオートラントです。まさにイタリアのブーツのヒール部分です。
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オートラントに到着。
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今年のイタリア人のバカンス先のアンケートで、今までシチリアが1位だったそうですが、今年はプーリアが1位だったそうです。イタリア人は、夏休みはイタリア国内で過ごす人が多いそうですが、町を歩いて感じたのですが、オートラントは、イタリア人の観光客がほとんどだったと思います。プーリア州は海が綺麗なことで有名ですが、なかでもこのオートラント近郊のアドリア海は、「グイダ・ブルー」という海の美しさを評価する本で常に自然が守られていて、美しい海の上位にランクされ、オートラントは、プーリアで最も人気の高いリゾート地だそうです。納得の本当に美しい海です。

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城壁。1480年、大量の軍艦を連ねてやってきたオスマン・トルコ軍が、繁栄していたオートラントの町を徹底的に破壊します。オスマン・トルコ軍は、城、城壁、教会、家を壊し、民衆をとらえてイスラム教への改宗を強要し、拒むものは容赦なく首をはねました。
現在オートラントの旧市街を取り囲む物々しい城壁は、この1480年の惨劇の後にこれまでの防備を強化するために再建されたものだそうです。
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リゾートらしく、素敵なビーチサンダルのお店が多かったです。
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1088年にノルマン人によって建てられた大聖堂。
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この大聖堂の見どころは、内部の床に広がっているモザイクです。
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入口に立つと、まず足元には2頭のインド象があります。背中合わせに立つその2頭のインド象の背から中央祭壇に向かってまっすぐ太い幹があります。幹の両側に枝が張り出し、動物や人がその間をびっしりと埋めています。これは「生命の木」と呼ばれるもので、旧約聖書において不死の象徴でした。
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旧約聖書、神話、歴史、文学などの場面が描かれています。アレクサンダー大王。
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800平米にも及ぶ床モザイクを手掛けたのは、12世紀の修道士パンテレオーネで、文字の読めない人々に神の世界を伝えるのが目的だったそうです。
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大聖堂の建物はオスマン・トルコ軍によって破壊され、一時はモスクになっていたそうですが、床モザイクは当時のまま残っています。
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現代イラスト画みたいです。
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奥の礼拝堂には、イスラム教への改宗を拒んで殺された殉教者800人の頭蓋骨がガラス張りの壁面にぎっしりと供えられています。
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中世らしい、想像上の動物達。
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4つの体をもつライオン。
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バベルの塔。
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ノアが、神に啓示を受けている場面。現役の教会として使われているため、床モザイクの上には信者のための椅子が置かれています。
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イブと蛇。
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アダムとイヴ。木に上って禁断の実を求めるイヴと、後ろで引き止めるアダム。
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12個の大きな輪が、4つずつ3段になっています。これは月の寓意で、左上から右下へ、1月から12月までそれぞれの労働の場面と、その月の星座が描かれています。これは中世の聖堂で好まれた図像で、モザイクでこれだけ完全に現存するのはここだけだそうです。

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人類で最初の殺人とされる、「カインとアベル」のエピソード。
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1本1本の線がとても表情豊かで、見れば見るほど引き込まれていきます。
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地獄とサタン。

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二枚舌!

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結局この床モザイク全体で何を意味しているのか正確にわからないところが、更に魅力を増しているそうです。

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ワインショップでプーリア州のワインを購入

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ギリシャの島への定期船も出ているそうです。
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透明で美しいアドリア海に後ろ髪を引かれながら、50km先のレッチェに向かいます。

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by Laviequotidienne | 2014-08-20 18:01 | イタリア  

【世界遺産】マテーラのサッシ(洞窟住居)群へ

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世界遺産の町、バジリカータ州マテーラに向かいます。
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ぶどう畑。バジリカータ州(土着品種は、カンパーニア州と同様アリアニコ)もワインで有名です。
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マテーラに到着。

1993年にユネスコの世界遺産に登録されたマテーラの洞窟住居は、サッシ(Sassi)と呼ばれています。サッソ(Sasso)はイタリア語で「岩」(サッシは、複数形)という意味です。新石器時代には、横穴式住居に人々は住み、8世紀から13世紀にかけて、イスラム教徒からの迫害を逃れるため修道士が多く住み着き、サッシを構えたと言われています。白い廃墟のような町は、独特の趣きがあります。

2004年にメル・ギブソンが監督をした映画「パッション」 でゴルゴタの丘のシーンは、マテーラで撮影されたそうです。映画のロケ地をめぐる地図みたいなものを持って観光している人もいました。
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サッシの中心にある13世紀に建設されたプーリア・ロマネスク様式のドゥオーモ(大聖堂)。
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戦後出版された本によってイタリアの人々は、マテーラの洞窟住居を初めて知り、マテーラの人々の暮らしぶりにショックを受け、当時「国の恥」とまで呼ばれていたそうです。この本で国はマテーラ救済の法案成立に取り組み始めます。

住民は全員退去させられ、十数年廃墟化していましたが、貴重な洞窟住居として評価を受けるようになり、1986年から本格的な修復が始まります。現在では多くのサッシがレストランやお土産屋として利用されているだけでなく、実際に住み生活を営んでいる人達も多くいるそうです。
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サッシのある渓谷。谷の斜面は柔らかな凝灰石で出来ているので、すでにあった天然の洞窟を掘って横穴式住居を広げていったそうです。
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家族が増えると、横や奥、上から下へとほら穴を掘っていくので、中で穴がつながり、次第に複雑な構造を持つようになっていったそうです。
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左がサン・ピエトロ・カヴェーゾ教会で、右がサンタ・マリア・デ・イドリス教会。
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サンタ・マリア・デ・イドリス教会。巨大な岩の塊を掘った洞窟部分と外側に建てた部分を合体させた外観は、サッシの中でも異彩を放っています。通路でサン・ジョヴァンニ・イン・モンテッローネ岩窟教会に続いています。12世紀から18世紀に描かれた貴重なフレスコ画があります。サッシ地区には洞窟を掘って作った教会が大小あわせて50近くあるそうです。
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サン・ピエトロ・カヴェオーゾ教会。
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内部に家具等を展示し、当時の生活がそのまま再現されているカーサ・グロッタ。この家は1700年代初期に岩を掘ってつくられた住居だそうです。
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ベッドの高さが高いのは、湿った床から寝わらを遠ざけるためや、卵をかかえた鶏の巣をつくるためだそうです。
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家畜と一緒に住んでいたそうです。家畜と一緒に住むことでその体熱も 暖房の一つになっていたそうです。水道も電気もない貧しい洞窟住居で人間と動物が肩を寄せ合い、暮らしていたのですね。
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人々のつつましくもたくましい生活を感じました。
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夕食は、ホテルの近くで
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マテーラパン。パスタに使われる硬質小麦を使っているので、黄色くモチモチしています。IGP(Indicazione Geografica Protetta)という「特産品保護指定」を取得しているそうです。このパンのためだけでもマテーラにまた行きたいくらい美味しかったです。
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バジリカータ州唯一のDOCG、アリアニコ・デル・ヴルトゥレ。ちなみにイタリアワインは、DOC, DOCG, DOP(DOCまたはDOCG)と表示出来ます。
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翌朝、ホテルの人におすすめされた地下都市へ向かいます。
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ビュー・ポイント。
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マテーラでオペラなんて、素敵ですね。
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ヴィットリオ・ヴェネト広場の地下世界の入口。残念ながらガイド付きツアーでかつ次のツアー開始の時間がまだまだ先だったので、ホテルに戻ります。
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部屋の壁に貝殻が沢山あったので、ホテルの人に確認してみると、このあたりが海だった時代のもので、本物だそうです。
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2019年の欧州文化首都は、イタリアとブルガリアから1都市ずつ選出されるそうですが、マテーラは、イタリアの6つの候補地に選ばれているそうです(他の5つの都市は、レッチェ、ペルージャ、ラヴェンナ、シエナ、カリャリ)。短い間でしたが、なんだか愛着が湧いたので、是非マテーラが選ばれて欲しいです。
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イタリアのかかと、プーリア州オートラントに向かいます。

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【イタリア】バジリカータ州の唯一のDOCG、アリアニコ・デル・ヴルトゥレ


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by Laviequotidienne | 2014-08-19 21:46 | イタリア  

ブリュッセルのお気に入りパティスリー「ファブリス・コリニョン(Fabrice Collignon)」

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ブリュッセルで一番美味しいと言われているパティスリー「ファブリス・コリニョン(Fabrice Collignon)」。コリニョン氏は、アラン・デュカスのシェフ・パティシエも務めた人です。
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バカンスでのアイスがテーマのウィンドー。
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芸術的な美しさだけでなく、面白い素材を組み合わせたり、
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ほとんどのケーキが甘さが控えめなところも嬉しいです。
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ショコラ。
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イートインコーナーもあります。今回は以下とケーキをいくつか購入。
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ミニカヌレ。

次回はマカロンをご紹介します。

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by Laviequotidienne | 2014-08-18 17:34 | ベルギー  

【世界遺産】2年に1回のブリュッセルのフラワーカーペット開催!今年のテーマはトルコの絨毯キリム

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街中に沢山あるフラワーカーペットのポスター。
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グランプラス近く。
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外国人に人気の回転ずし「KABUKI」
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いつも混んでいます。
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ダンドワ。
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ノイハウスのウィンドー。
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ピエール・マルコリーニ(ギャルリー・サンチュベール店)のウィンドー。
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今回は市庁舎から眺めなかったので、全体像はこんな感じだったようです(画像はフラワーカーペット公式サイトから)。
カーペットのデザインは毎回変わりますが、今年は、トルコ移民50周年記念ということで、テーマはトルコの絨毯、キリム。
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世界遺産、グランプラスに色とりどりのベゴニアの花が並べられます。
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フラワーカーペットに向けての準備は1年前から始まり、テーマに応じてデザインやシンボルが考案され、色合いなどが決められます。
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反対側から。
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市庁舎のテラスとフラワーカーペット。
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前日には100人の職人達の手で約800,000本の色とりどりのベゴニアが敷かれます。
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夜10時から30分ごと3回フラワーカーペットのライトアップ、音と光のショー(5分位)があります。トルコ移民50周年記念と言うことでトルコっぽい音楽が流れ、王の家や市庁舎がエキゾチックに照らされ、フラワーカーペットも青、赤、白とライトで照らされます。



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ピエール・マルコリーニで買ったマカロン。クリームは美味しいです(甘め)が、個人的にはピエール・エルメのマカロンのようなしっとりとした生地のマカロンの方が好きです。

<関連記事>
グランプラス“フラワーカーペット”に行きました(2006年)

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by Laviequotidienne | 2014-08-18 16:58 | ベルギー  

ナポリから古代ローマのタイムカプセル、世界遺産ポンペイへ


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カポディモンテ美術館でカラヴァッジョの「キリストの鞭刑」を見るためにナポリに宿泊したのですが、ホテルに行く途中で車から見た時に美術館の入口が落書きなどでかなり荒れている様子だったので、あきらめました。ナポリでの運転は、イタリア人も避けるほどひどいと言われていますが、今回肌で感じました。普通に逆走、勝手に車線を増やしたり、信号待ちをしていると勝手に車を掃除する人が現れるし、カオス状態です。ナポリを州都とするカンパーニア州は、群を抜いて美しい自然、無数の観光地、温暖な気候が生む素晴らしい食材、豊富な労働力、大きな港など、経済発展の条件は整っているのに、犯罪組織カモッラの強い影響力、行政の腐敗もあり、貧困さから抜け出せないようです。
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ホテルの外で食事をする気力もなくなったので、限られたメニューでしたが、夕食はホテルで取ることに。
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ナポリに来ているので、本来ならば世界一美味しいと言われているカンパーニア州のトマト、カンパーニア州の国民食モッツァレラチーズ、バジリコを使ったシンプルなピッツァ・マルゲリータを頂きたいところですが、しょうがありません。
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カンパーニア州の土着品種、ファランギーナファランギーナは、少し甘味のある柔らかいワインなので、和食では少し甘味のあるお寿司にも合い、イタリアンなら少し酸味が必要なサーモンや牡蠣にも合うそうです。ファランギーナは、同じくカンパーニアの白の土着新種、フィアーノグレココーダ・ディ・ヴォルペと同様、ローマ人が好きだった品種だそうです。
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これもカンパーニア州の土着品種アリアニコ(赤)。2000年前にギリシャ人がカンパーニアに持ち込んだ品種だそうです。
ウヴァ・エレニカ(ギリシャのブドウという意味)とも呼ばれていて、スペインに支配された時代にエレニカがスペイン風の発音になり、アリアニコになったそうです。扱いが難しいぶどう品種の様で、アリアニコのワインは、造り手によって当たり外れがあるような気がします。
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リモンチェッロ。
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朝食の時には、他のお客さんはすべてチェックアウト済みでした。車が混まないうちにナポリの町を脱出したかったのでしょう。これから、ナポリの郊外、世界遺産ポンペイへ向かいます。
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ヴェスヴィオ火山が見えてきました。ポンペイは、約1900年前のヴェスヴィオ火山の大噴火での火砕流によって一瞬にして完全に地中に埋もれた古代都市です。1748年にポンペイが再発見され、建造物の完全な形や当時の壁画を明らかにするために発掘が始まり、現在も発掘は続けられているそうです。古代ローマの都市と人々の生活ぶりをほぼ完全な姿で今に伝える貴重な遺跡で世界遺産に登録されています。
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ポンペイは、古代ローマの伝統を守り、ほぼ直角に交差する直線の大通りによって規則的に区切られ、計画的に設計された町だったそうです。
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馬車は進入禁止、という石が置かれています。
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現代のバールのように立ったまま飲食できるカウンターが町の中に沢山ありました。壷の「レジ」の中に、手つかずの状態で682セステルス(古代ローマの貨幣単位)が入っていたそうです。カウンターの穴にはワインや料理などを入れていたようです。火砕流の速度は時速 100km以上、一瞬にして5 メートルの深さに町全体を飲み込んだ火砕流が、当時の人々の生活をそのままの状態で保存しました。
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ポンペイとその周辺の別荘からは多数の壁画が発掘され、古代ローマの絵画を知る上で重要な作品群となっています。ポンペイの人々を襲った火砕流堆積物には乾燥剤として用いられるシリカゲルに似た成分が含まれていたため、湿気を吸収し、町全体を隙間なく埋め尽くしたため、壁画や美術品の劣化が最小限に食い止められたそうです。絵具として使われた壁に残る深紅の色合いはいまだに鮮明で、この独特で赤茶けた色調の赤色は、「ポンペイの赤」と呼ばれています。
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大理石のモザイク床のある邸宅跡。ポンペイは、裕福なローマ市民が住む商業都市だったそうです。
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1つの町全体が遺跡になっているので、かなり歩くことになります。
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スタビアーネ浴場。天井や壁に綺麗な壁画が残っています。これは、サウナを出た後に入る水の浴槽だそう。
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ポンペイを壊滅させたヴェスヴィオ火山を背景にしたポンペイの町。遺跡から見る雄大なヴェズビオ火山はとても美しく、ポンペイを滅ぼしたことが皮肉に思えてきます。
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ヴィーナス神殿。
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アポロ神殿。
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遺跡には、ところどころブロンド像が残っています。
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座ったまま埋もれた人。手で口を覆って灰を吸わないように呼吸をしていたのでしょうか?
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発掘されたときには遺体部分だけが腐ってなくなり、火山灰の中に空洞ができていました。考古学者たちはここに石膏流し込み、ポンペイの人々が死んだときの形を再現しました。
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悲劇詩人の家の入口には、白と黒のモザイクで鎖につながれた犬が描かれ、下には「猛犬に注意!」と書かれているそうです。
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可愛い!
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ポンペイの悲劇が皮肉にも古代ローマ帝国の栄華を今に伝える貴重な資料になっています。
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ポンペイの邸宅の中でも最も名高いものの一つ、牧神の家。イタリア的要素が強いことに加え、ヘレニズム的要素もあります。オリジナルの牧神のブロンズ像。
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大きさはこのくらい。
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最も素晴らしい状態で保存された遺跡のひとつとして、当時使われていた設備が完全に保存されていたパン屋。2つの溶岩石でできた挽き臼、パンをこねる台、焼き釜からは81個の炭化したパンも発見されたそうです。発掘された排泄物や骨の調査から、身分によって食事の内容が違う事はなく、皆健康的な食生活を送っていたそうです。
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整備された上下水道の水道の弁は、水の量を調節する仕組みが現在とほとんど変わらず、きれいな水を町中に送っていました。
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市民が残した落書き(ツイッターのような役割があったそうです)。ポンペイの人口は、1万人以上と推定されているようですが、壁画、バール、浴場などからローマ帝国の市民たちの贅沢で、享楽的な暮らしぶりを感じられました。
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円形闘技場の外観。
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ポンペイ遺跡の最大の見どころ、と言われている秘儀荘は、前回訪問時に見たので、先を急ぎます。

<関連記事>【イタリア】日本で買えるカンパーニア州のワイン<フェウディ・ディ・サン・グレゴリオ社で購入したワイン>



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by Laviequotidienne | 2014-08-12 18:04 | イタリア  

【世界遺産】旅と芸術を愛したハドリアヌス帝の夢、ヴィッラ・アドリアーナ

ヴィッラ・アドリアーナ(ハドリアヌス帝の別荘)は、ローマの五賢帝の一人ハドリアヌス帝(イタリア名:アドリアーナ)が118〜138年にかけて建てさせた広大な別荘です。120ヘクタールあまりの広さは、歴代皇帝が作ったヴィッラの中でも最大の規模だそうです。

ハドリアウス帝は、トラヤヌス帝までのローマ皇帝の領土拡大路線を継承せず、頻繁に領土を巡察(在位期間21年のうちローマには7年程度しか滞在していない)し、ローマ帝国の防備と安定に努めました。

ハドリアヌス帝は領地を巡察しながら、守備隊を整備し、官僚制度を始め法律を作り、詩や絵画などの諸芸術にも多彩な才を発揮し、ローマの文芸活動の保護にも努めました。特に建築には秀でていて、ハドリアヌス帝の建築群は後世の建築やデザインにも大きく影響を及ぼしたそうです。

妻もいましたが同性愛者だったハドリアヌス帝の愛は、領土巡察の時に見初めたギリシャの少年アンティノウスに注がれ、ハドリアヌス帝は、彼を一時も側を離れさせませんでした(ちなみにアンティノウスは当時15歳前後、ハドリアヌスは40代後半)。ハドリアヌス帝は誰にも邪魔されることなく、アンティノウスと愛を語り合うためにローマの喧噪から離れた高級避暑地ティヴォリに巡察旅行で魅了された建物や風景を偲ばせる建造物を再現させたヴィッラ(別荘)を建設します。

130年、ナイル川でアンティノウスが溺死(ワニに食べられた?)してしまいます。その死の状況は、ハドリアヌス帝の寵愛を一身に受ける若者を危惧した者の暗殺説、独占欲か高じたハドリアヌス帝の殺人説、愛する者の死によってのみ皇帝の願いが成就するという神託を受けたための自殺説、などがあり、いまだに謎に包まれています。

ハドリアヌス帝は来る日も来る日も泣き続け、人目を顧みず

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国中にアンティノウスの像を建て、ヴィッラ・アドリアーナにも数百体のアンティノウスの像を飾り、事故の起きた場所の対岸に新都市アンティノポリスを建設します。アンティノウスは神格化され、その後信仰の対象となっていきます。

完成からわずか4年でハドリアヌス帝が亡くなった後は、ヴィッラ・アドリアーナは、すっかり忘れ去られて放置され、略奪されるにまかされ、15世紀に入って美術品を求めて、ピッロ・リゴーリオ(ヴィッラ・デステ=エステ家の別荘の設計者)などがこの別荘を発掘しはじめます。

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城壁は、綺麗に残ってます。

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ギリシャのアテナイのアゴラにあった彩色柱廊(ポイキレ)を模したポイキレ。昼食後にハドリアヌス帝がこの辺りを散歩をしたそう。
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アンティノウスの死を深く悼んだハドリアヌス帝は、ナイル川の模倣を建設します。ヴィッラ・アドリアーナの最大の見所、エジプトの2つの古代都市であるアレクサンドリアとカノープスをつなぐ運河をイメージしたカノープス。
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運河の周囲にはギリシア神話の神像や
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女神の像。完成当時は運河の周囲を部屋が取り囲んでおり、
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カリアティード(古代ギリシャの神殿建築で、円柱の代わりに梁を支える役目をする女性立像)が屋根を支えていたそうです。
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因縁(?)のワニも。
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美しく、もの悲しい雰囲気が漂っています。
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アンティノウスのお墓。

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床モザイク。
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周囲を列柱で囲まれた養魚池。
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ギリシャ語図書館。
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ヘリオカミヌス(太陽熱浴場)。
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哲学者の間。
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所々に植えられているオリーブの木。

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敷地内には、古代ローマ人の社交の場、浴場がいくつもありました。これは、大浴場。

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丘から眺めた大浴場。オペラか演奏会の準備でしょうか?
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古代ローマの耐震構造!この溝に鉛を流して柱をしっかり固定したそうです。
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多くの建物が2層構造になっています。古代ローマでは、地上に暮らす上流階級、地下に暮らす奴隷はきっちり分けられ、決して普段の生活の中で鉢合わせしないような建築構造だったそうです。

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ハドリアヌス帝の隠れ家的な場所として建てられた「海の劇場」(修復中で見られませんでした)。
柱を円形に並べ、中央に池を造ってその中に人工の島を浮かべた劇場へは、一本の橋からしか行けません。ハドリアヌス帝はしばしばここへ渡り、物思いにふけったり、アンティノウスと愛を語り合ったと言われています。
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アンティノウス像を色々な角度から。
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今日の宿泊地、ナポリに向かいます。


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by Laviequotidienne | 2014-08-07 23:06 | イタリア  

【世界遺産】噴水が出ていない日のヴィッラ・デステ

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ティボリに宿泊したのは、ローマから来る観光客がいない空いている時間にヴィッラ・デステを見学するためでした。
しかし、受付で「噴水が出ていませんが、ごらんになりますか?」と聞かれ、ここまで来てしまったので、見学することに。
日本庭園は、花が咲いている季節よりも、雪がふって真っ白になっている時が一番日本庭園自体の美しさを堪能出来る、と聞いたことがあるのですが、噴水の出ていないヴィッラ・デステは、
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とても味気ないものでした。それに開館時間を過ぎても、かなりうるさく庭の手入れなどしていて、それも手入れ残しがいたるところで見られ、これでよく世界遺産を保持できる、と思いました。きっと噴水が出ていたら、そちらに目を奪われるので、植木には気を使っていないのでしょうね。噴水が出ていないヴィッラ・デステを見るのは、かなり珍しい様なので、しばし、噴水の出ていないヴィッラ・デステの写真をお楽しみ(?)下さい。
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これからナポリの街中を走ることになるので、厄落とし(!)だと思い、気を取り直してヴィッラ・アドリアーナを目指します。
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昨夜怪しげだった広場で子供たちが元気にサッカーをしていました。ちょっと癒されました。


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by Laviequotidienne | 2014-08-05 21:18 | 世界遺産