<   2016年 07月 ( 4 )   > この月の画像一覧

 

【世界遺産】ロマネスクのシスティーナ礼拝堂!サン・サヴァン・シュル・ガルタンプ修道院付属教会



f0329429_17161558.jpg
保存状態の良好なロマネスク期の壁画が現存していることで知られている世界遺産のサン・サヴァン・シュル・ガルタンプ修道院付属教会に向かいます。
ロマネスクの壁画は、スペイン、イタリアにも傑作が多いですが、フランスではロワール川の両岸とその支流を含む地域に優れた作品があると言われています。
f0329429_17162085.jpg
同じくロマネスクの教会ショーヴィニーへ続く道。
f0329429_17163060.jpg
教会の看板が見えてきました。サン・サヴァン・シュル・ガルタンプ修道院付属教会は、フランスの中央部ヴィエンヌ県ポワトゥー・シャラント地方の都市サン・サヴァンにある、中世に建立されたロマネスク様式の教会です。
f0329429_17163619.jpg
f0329429_17164303.jpg
f0329429_17165565.jpg
教会が見えてきました。
f0329429_17172048.jpg
車を駐車して、
f0329429_17172638.jpg
西側の細長い鐘塔の扉口から入ります。
f0329429_17183788.jpg
カラフルな列柱に囲まれた身廊に目を奪われます。教会内はとても明るいです。

修道院の起源は、伝説によれば、5世紀にサヴァンとシプリアンの兄弟がキリスト教徒のため追われイタリアから逃げて来て、このガルタンプ川のところで殉死した。これを記念してシャルルマーニュ王の宮廷の聖職者のバイディリスが800年ころこの場所に修道院を建てられたとのが始まりとのことだが、詳細は分かっていないそうです。

その後多くの戦乱の時代のなかで幾度も破壊と修復を繰り返してきました。フランス革命後の17世紀の修復時に塗りつぶされていた聖堂の壁を剥がす作業のなかでロマネスク様式の壁画が見事に蘇りました。1960年の聖堂修復作業の折には修復された壁画を見て感極まった文化相のアンドレ・マルローが、「フランス、ここに始まる!」と叫ぶほど、国民の信仰心のよりどころとなっている教会です。
f0329429_17190640.jpg
身廊の天井を埋め尽くす数々のフレスコ画の題材は、主に旧約聖書で、出エジプト記やアダムとイブ、カインとアベル、バベルの塔、ノアの箱舟など、有名な旧約聖書の場面です。
f0329429_21004611.jpg
まずは教会内部を見学します。
f0329429_21034581.jpg
f0329429_21025585.jpg
f0329429_21041103.jpg
f0329429_21013560.jpg
柱にもフレスコ画が残されています。
f0329429_21041813.jpg
f0329429_21042860.jpg
f0329429_21015977.jpg
玄関間。
f0329429_19482177.jpg
「再臨のキリスト」。
f0329429_21014790.jpg
「女と龍」(ヨハネの黙示録)。
翼のある女と生まれたばかりの子は頭光をつけ球に座っています。荘厳の聖母子の図との二重イメージ。その傍らで、七つの頭と十の角を持った巨大な龍(=悪魔)が子に食らいかかろうとするや、天上のエルサレムから天使が現れ、子の腕をつかみ助けます。龍は水を川のごとく女の背後に吐く。画面の左にはこの不思議な幻影の証人としてヨハネを配しています。
f0329429_21000163.jpg
内陣は、通常の半円状ではなく多角形状になっており、19世紀に作られた小さな星模様で覆われています。
f0329429_20442771.jpg
f0329429_20442278.jpg
大ぶりで力強いシンプルな植物文様を連ねた柱頭彫刻が印象的です。
f0329429_20441572.jpg
f0329429_17301184.jpg
天井のフレスコ画を見ていきます。
フランスの作家であり文科相であったアンドレ・マルローが「ロマネスクのシスティーナ礼拝堂」と称賛しました。
10世紀に描かれ、作者不詳ですが、シンプルな曲線をベースに、プリミティブで力強いタッチです。青色が使われていないため、全体的に茶色っぽいイメージ。

身廊に沿って4列に52の場面(保存状態がいいのは、36場面)が描かれています。テーマは、旧約聖書からで、「創世記」の天地創造から「出エジプト記」の神からモーセが十戒の石版を受ける場面までが描かれています。時系列順になっているのですが、途中で方向転換するのは、良い方向、悪い方向があり、それを考慮し並べていったからだそう(上が南、下が北)。
f0329429_17302391.jpg
「カインとアベルの奉献」。
神は麦束を差し出す兄カインに背を向け、子羊を捧げる弟アベルの方を向いて祝福しています。
神の右手(向かって左)に選ばれた人(アベル)、左手(向かって右)に拒まれた人(カイン)という配置は、「最後の審判」における天国と地獄の位置です。
f0329429_17523292.jpg
上段(左から):「カインの殺人」「神の呪い」「エノクの昇天」「ノアへのお告げ」
下段は、モーセの物語(出エジプト記)から「紅海を渡る」(エジプトのファラオの軍隊に追われたモーセたちが紅海を渡る場面)。
海にのまれるファラオの軍隊(馬車)の有名なシーンです。

*紅海を渡る
ヘブライ人がエジプトを出ると、ファラオは心変わりして戦車と騎兵からなる軍勢を差し向けた。紅海に追い詰められ、絶体絶命の状況に陥った。これに対し、奴隷的な状態のままであってもエジプトにいた方がよかったと不平をもらす者もいたが、モーセが手にもっていた杖を振り上げると、葦の海で水が割れたため、イスラエル人たちは渡ることができた。しかし、後を追って紅海を渡ろうとしたファラオの軍勢は海に沈んだ。
f0329429_18365941.jpg
個別に。「ファラオの騎兵(紅海を渡る)」。
f0329429_18371378.jpg
「溺れるファラオ(紅海を渡る)」。
f0329429_18374797.jpg
「カインの殺人」(人類最初の殺人)、「神の呪い」。
f0329429_18163605.jpg
(続き)
上段:「ノアへのお告げ」「ノアの方舟」「神に迎えられるノアの家族」
下段:「火の柱と天使」「イスラエルの民」「十戒の石版を授かるモーセ」

色は赤土(赤褐色)、黄土(明黄色)、緑土(明緑色)の鉱物質の顔料と石灰の白と炭の黒に限られていたそうですが、絵師は明度を巧みに変え、色調に幅を与えているそうです。
f0329429_18283902.jpg
個別に。「ノアの方舟」。
f0329429_18510266.jpg
「神に迎えられるノアの家族」。
f0329429_18504242.jpg
「十戒の石版を授かるモーセ」。
f0329429_18344953.jpg
上段:「ノアの泥酔」
下段:「ファラオの馬車に乗るヨセフ」
f0329429_18480334.jpg
個別に。「ノアの泥酔」
f0329429_18351997.jpg
f0329429_19442609.jpg
「ファラオの馬車に乗るヨセフ」(ヨセフの物語)。
f0329429_19320419.jpg
上段(中)「カナンへの呪い」と下段(中)「ヨセフの夢解き」
f0329429_19085811.jpg
「バベルの塔」(上)と「ヨセフとポティファルの妻」(下)
f0329429_19231973.jpg
上段:「シケムの樫の木の傍らの神とアブラハム」「アブラハムとロトの別離」(アブラハムの物語)
下段:「ポティファルに売られるヨセフ」「ミデアンの商旅に売られるヨセフ」「ヤコブを祝福するイサク」(ヨセフの物語)

<関連記事>愛すべきユニークな柱頭彫刻!ショーヴィニー・サン・ピエール教会

今日の宿泊地サンテミリオンに向かいます。



[PR]

by Laviequotidienne | 2016-07-10 18:39 | ロマネスク教会  

棟方志功の版画に似ているロマネスクのフレスコ画!ノアン・ヴィックのサン・マルタン教会へ

f0329429_20352616.jpg
途中に気になる教会があったので、立ち寄ります。
f0329429_20364784.jpg
シャトー・ヌフ・シュル・シェールのノートルダム教会。
f0329429_20365930.jpg
f0329429_20370918.jpg
ノアン・ヴィックのサン・マルタン教会に向かいます。
f0329429_20371893.jpg
看板が出てきました。
f0329429_20372777.jpg
f0329429_20375077.jpg
12世紀創建のサン・マルタン教会。
f0329429_20380100.jpg
f0329429_20380781.jpg
f0329429_20382654.jpg
f0329429_21113331.jpg
内陣から身廊。
f0329429_20395917.jpg
内部には一面、フレスコ画(12世紀)が描かれています。黄色、黄土色、緑、黒、灰色、赤、茶、白などの色が使われていて、暖かな雰囲気が漂います。
f0329429_20400833.jpg
身廊と内陣を仕切る壁は、三段に分かれていて、
上段の中央には光背に包まれたキリスト、左右に12使徒を従えています。
中段は、右から左に「受胎告知」「マリアを詰問するヨセフ」「マギの礼拝」「マギの旅」。
下段の左は「神殿奉献」右は「キリスト降下」の場面があります。
f0329429_21191479.jpg
f0329429_21114807.jpg
「受胎告知」。
f0329429_21120363.jpg
「マリアを詰問するヨセフ」。
f0329429_21121705.jpg
「マギの旅」。マギ(東方三博士)の一人は星を指さしています。表情には喜びと共に驚きが感じられます。
翻ったマントから疾走感が伝わります。馬の表情にも、頑張って走っている様子が窺えます。
f0329429_21121454.jpg
「マギの礼拝」。すべてのフレスコ画において、クリっとしたつぶらな瞳、ふっくらとした頬が特徴的です。聖母マリアもふくよかで若いです。
f0329429_21212295.jpg
「神殿奉献」。

マリアは律法で定められた産後の清めの期間を終えた後、モーセの律法に従って、長子であるイエスをエルサレムの神殿に捧げに行く。そこで救い主を待ち望んでいたシメオンと女預言者アンナに会い、幼子の将来についての予言を聞いた。彼らは救い主の誕生を民衆に語った。(ルカによる福音書)

f0329429_21194143.jpg
「キリスト降下」。
f0329429_21324484.jpg
f0329429_21322771.jpg
内陣(西側)の「最後の晩餐」。
f0329429_21335729.jpg
ユダ。

f0329429_21434652.jpg
ダビデ。
f0329429_21502846.jpg
内陣(北側)のフラスコ画。
f0329429_21514671.jpg
上部は、この教会の守護聖人サン・マルタンの逸話。「サン・マルタンの死」。右の場面は、
f0329429_21563561.jpg
ポワティエとトゥールの修道士が聖なる遺骸を奪いあう場面が描かれています。
f0329429_22042812.jpg
中段の左は、「弟子の足を洗う」。
f0329429_22081723.jpg
中段の右は、「キリストの就縛」。右側には十字架を担うシモンも。
f0329429_22082703.jpg
ユダの接吻を合図に兵士達に捕らえられるキリスト。マルコスの耳を切ろうとするペトロにキリストは、

f0329429_22113408.jpg
ギョロリとしたまなざしを向けて制しています。下段は、「ラザロと悪い金持ち」。
f0329429_22261174.jpg
3預言者。
f0329429_22243494.jpg

「天使」。
f0329429_22300503.jpg
後陣のフレスコ画。
f0329429_22331699.jpg
四福音書記者の象徴(マルコ:獅子 マタイ:人(天使)ルカ:雄牛 ヨハネ:鷲)を従える「荘厳のキリスト」。

f0329429_22322917.jpg
「エリザベト訪問」(左)と「聖ペテロの逆磔刑」(右)

f0329429_22452244.jpg
「エリザベト訪問」。
f0329429_22434391.jpg
「アダムとイブを守る天使」。




[PR]

by Laviequotidienne | 2016-07-10 08:53 | ロマネスク教会  

【世界遺産】13世紀の美し過ぎるステンドグラス、ブールジュ大聖堂

f0329429_05013105.jpg
翌朝ブールジュ大聖堂の内部へ。身廊。

ブールジュ大聖堂の大きな特色の1つは、普通は、東西方向にある身廊に、南北方向のトランセプト(交差廊)が交わって大きな十字架が作られるのですが、交差廊がないこと。その結果、身廊の並はずれた広さと天井の高さ(37m)を引き立て、入口から内陣の奥までスコーンとした空間性ができます。
f0329429_05150352.jpg
ブールジュ大聖堂は西正面に5つの扉口があるため、堂内にも身廊の両側に2重の側廊があります。普通は身廊と南北側廊の3廊ですが、5廊あるわけですから左右の空間の広がりが印象的です
f0329429_05014147.jpg
f0329429_05023262.jpg
ブールジュ大聖堂は建物自体が世界遺産に登録されていますが、「フランスのサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」*の一部としても世界遺産として登録されています。


*フランスからは、巡礼の中心地であった都市を拠点として4つの道がピレネー山脈に向かっています。

1)トゥールの道
パリ - オルレアン - トゥール - ポワティエ - サント - ボルドー - オスタバ=アスム

2)リモージュの道
ヴェズレー - ブールジュ/ヌヴェール - サン=レオナール=ド=ノブラ - リモージュ - ペリグー - オスタバ=アスム

3)ル・ピュイの道
ル・ピュイ - コンク - モワサック - オスタバ=アスム

4)トゥールーズの道

アルル - サン=ジル - モンペリエ - トゥールーズ - オロロン=サント=マリー

トゥールの道、リモージュの道、ル・ピュイの道の3つは、オスタバ=アスムで合流し、サン=ジャン=ピエ=ド=ポルを通ってピレネー山脈のイバニェタ峠に向かう。トゥルーズの道は、オロロン=サント=マリーからソンポルト峠に向かう。
f0329429_05132850.jpg
f0329429_05133718.jpg
左から側廊1、側廊2、身廊。
f0329429_05133306.jpg
特色2つ目。2重側廊の天井に段差があること。建物の外側から側廊1、側廊2、身廊3、の順で天井が高くなり、側廊4、側廊5と低くなるという三層式のピラミッド構造なのです。この写真では、右(黄土色部分)から左に高くなっています。

f0329429_05131292.jpg
f0329429_05140524.jpg
身廊の天井。
f0329429_05141051.jpg
2重側廊の内側の天井。
f0329429_05142170.jpg
左から、身廊、側廊1、側廊2
f0329429_05142841.jpg

f0329429_05134312.jpg

ブールジュ大聖堂は、シャルトル大聖堂と並んで、中世期のステンドグラスを多く有する屈指の聖堂として知られています。そのほとんどが11世紀から17世紀に作られたもので、特定のステンドグラス工房(3か所)に託して造られたオリジナルです。

f0329429_05014750.jpg
サン・ローランとサン・テティエンヌの殉教。建築当初はステンドグラスが一切ありませんでしたが、徐々に追加されていったため、様々な歴史様式のステンドグラスを楽しむことができます。
f0329429_05015461.jpg
12使徒。
f0329429_05130545.jpg
サン・ドニの殉教。
(サン・ドニ:キリスト教の殉教者で、カトリック教会で聖人。3世紀のパリの司教で、250年頃に殉教したとされる。フランスの守護聖人として、また十四救難聖人(en:Fourteen Holy Helpers)の一人として知られる。)
f0329429_05020195.jpg
f0329429_05021028.jpg
f0329429_05021637.jpg
f0329429_05022272.jpg
f0329429_05024000.jpg
ヨセフの生涯。13世紀のステンドグラスのほとんどが、当時のままで残っています。
f0329429_05024911.jpg
重厚かつ繊細で、図案も色彩も美しいです。

f0329429_05025742.jpg



f0329429_05032515.jpg
サン・ジャックの人生、説教、奇跡、死(左)
洗礼者 聖ヨハネ伝(中央)
福音書記者 聖ヨハネ伝(右)

ステンドグラスといえばシャルトル大聖堂の青色「シャルトルブルー」が有名ですが、このブールジュ大聖堂のステンドグラスは、「ブールジュレッド」と称されています。

f0329429_05033420.jpg
洗礼者 聖ヨハネ伝。
f0329429_05034174.jpg
聖トマス伝。
f0329429_05103018.jpg
サンテティエンヌの遺物。
f0329429_05102072.jpg
善きサマリア人のたとえ。
f0329429_05104557.jpg
左から、エジプトのマリア、聖ニコラ伝、聖マグラダのマリア伝。
ブールジュ大聖堂のステンドグラスは万華鏡のように綺麗です。

f0329429_05034783.jpg
黙示録(右)
f0329429_05122804.jpg
サンテティエンヌの遺物(右)。
f0329429_05093414.jpg
サン・ヴァンサンの一生(左)。数々のステンドグラスが堂内を神秘の光で包み込みます。


f0329429_05100975.jpg

ステンドグラスが輝きを放つ神秘的な空間。小説『赤と黒』で知られる文豪スタンダールは「この大聖堂の中に立つと、キリストになったような不思議な気持ちになる」と賛辞を贈ったそうです。


f0329429_05100317.jpg
f0329429_05092324.jpg
サン・テティエンヌ伝(中央)
f0329429_05090389.jpg
エーゲ海のパトモス島で使徒ヨハネが書いたとされる黙示録。黙示録とは神の啓示で、画面の上からイエスの未来、中央に現在、
f0329429_05091216.jpg
下方に過去が描かれています。
f0329429_05115897.jpg
ラザロと悪い金持ち。
f0329429_05120467.jpg
f0329429_05120839.jpg
f0329429_05121546.jpg

f0329429_05031950.jpg
この時代のステンドグラスの下部には、その窓のステンドグラスを寄贈した人やお店の職業の絵が描かれていることが多いそうです。
f0329429_05141646.jpg
f0329429_05134894.jpg
f0329429_05140034.jpg
f0329429_05151487.jpg

f0329429_05152317.jpg

f0329429_05152726.jpg
f0329429_05153495.jpg
f0329429_05153953.jpg
f0329429_05154913.jpg
f0329429_05155342.jpg
f0329429_05155939.jpg
f0329429_05160865.jpg
f0329429_05161304.jpg

フランスの主だったゴシック様式の大聖堂はすべて訪れましたが、外観、内部の建築様式、正に光の書物的な神秘的で美しいステンドクラスを持つブールジュ大聖堂は、ゴシック様式の教会では、個人的に一番だと思いましたが、もう一度それを確認するためストラスブール、アミアン、シャルトルなど近いうちに再訪したいと思います。

[PR]

by Laviequotidienne | 2016-07-10 05:13 | ゴシック教会  

【世界遺産】孤高で壮麗なゴシックの大聖堂、ブールジュのサン・テティエンヌ(Cathedrale Saint-Etienne)へ

f0329429_04192629.jpg
以前ライトアップの美しい姿を見て、再訪したかったブールジュの大聖堂に向かいます。オルレアンを通り過ぎます。
f0329429_04193658.jpg
パリ天文台付属の電波観測所があるナンセの町。
f0329429_04194105.jpg
ベリー地方の看板。フランスのほぼ中央に位置するブールジュは、かつて「ベリー公のいとも美しき時祷書(Les Tres Riches Heures du Duc de Berry)」のベリー公国の中心都市として芸術と文化の栄えた美しい町です 。紀元前10世紀にはケルト族の祖先が住んでいたこの地は、紀元前52年に攻め入っててきたシーザーをして「ガリア(古代ローマ時代の現在のフランスの一帯)で一番美しい」と言わしめたそうです。
f0329429_04194758.jpg
イエーヴル川やシェール川など5つの河川の交差路にあり、ベリー運河が横切る町、ヴィエルゾン。
f0329429_04195817.jpg
サンセールのブドウ畑。
f0329429_04200396.jpg
ブールジュのジャック・クールの宮殿。
f0329429_04200906.jpg
ブールジュの町に入ります。
f0329429_04214369.jpg
フライボワイヤンゴシック様式のジャック・クールの宮殿。ゴシック様式の民間建築としても最も豪華なものだそうです。
f0329429_04213298.jpg
宮殿の前のレストランでディナー。
f0329429_04202498.jpg
f0329429_04201573.jpg
f0329429_04203916.jpg
Domaine Reverdy Ducrouxのサンセール・シレックス。
f0329429_04205186.jpg
f0329429_04205556.jpg
f0329429_04210521.jpg
Chateau de Maupasカンシー(Quincy)

カンシーは、フランス最長のロワール川から少し離れたエリア、ブルージュ町の西側,シェール川左岸に広がる畑のソーヴィニヨン・ブラン種から作られる辛口の白ワインです。カンシーの歴史は古く、12世紀にはシトー派の修道院で上質なワインが製造され、14世紀のアンリ4世の時代に宮廷御用達となり、多くの国民から愛されるワインへと成長していったそうです。

1936年にはA.O.C.を取得(アペラシオン発祥の地・シャトーヌフ・デュ・パプに次ぐフランスで2番目という早さ)。そのような背景からか、カンシーで生産されるワインの8割を国内で消費し、残った2割が輸出用となっているそうです。日本では知名度が低いですが、古くから品質・味わい共にフランス全土で認められているワインだそう。

f0329429_04211222.jpg
f0329429_04214742.jpg
f0329429_04215786.jpg
華やかだった中世の面影は旧市街のいたるところに色濃く残っています。
f0329429_04220027.jpg
f0329429_19280835.jpg
ブールジュは古代ローマの時代から栄えてきた町(古代ローマ時代にはアウァリクムという都市で、ここにはガリア発のキリスト教団ができたことでも有名)で、3世紀には、ブールジュ大聖堂の前身ともいえる教会が建てられおり、司教座も置かれていました。
旧市街を歩いていると、木骨造りの建物も見かけます。今も400軒以上残っているそうです。
f0329429_04221176.jpg
角を曲がると、ブールジュの大聖堂が見えてきました。
f0329429_04221610.jpg
西側にある正面入口
世界遺産には「ブールジュ大聖堂」の名称で登録されていますが、正式には「ブールジュのサンテティエンヌ大聖堂」(Cathédrale Saint-Etienne de Bourges)と呼ばれる司教座聖堂です。大聖堂がより美しく見えるという夕暮れ時。

大聖堂は5つの入口を持ち、奥行約124m、幅は約41mとフランスでも最大級です。
フランス中部に位置するブールジュは、14~15世紀に芸術都市として繁栄しました。
f0329429_04223713.jpg
多様な建築様式が混在する外観は、幾度となく繰り返された修復がもたらしたものです。大聖堂の前身となるガリア初のキリスト教団がアウァリクムの城壁に建てた教会堂が建てられたのは3世紀頃。11世紀にロマネスク様式の聖堂として建築されましたが,12~13世紀にゴシック様式に改築されたそうです。


12世紀末にロマネスク様式であった聖堂をゴシック式の大聖堂に改修し、身廊やファサードを整える。
14世紀初頭には南塔が傾き、控え壁で補強。
やがて北塔が完成するが、1506年に早くも崩壊。以後はルネサンス様式で再建。
1562年のユグノー戦争(フランスのカトリックとプロテスタントが休戦を挟んで8次40年近くにわたり戦った内戦)時には、ブールジュがプロテスタント勢力の手に落ちたため、内陣とファサードの彫刻など破壊
19世紀にはゴシック様式の尖塔が設置され、現在の姿に至る。

上記のように工事の不備、戦争による修繕・改築などの修復のたびに多様な時代様式が混在していきました。
正面入口の最後の審判は、ゴシック彫刻の傑作、ルネサンス様式の北塔、周囲の庭園など、様々な時代に様々な修復工事を重ねたため、建築様式が入り混じった姿となりました。

大聖堂は波乱に満ちた歴史から複雑で統一感のない外観になりましたが、そのアンバランスさが大きな魅力となり、1つの教会で長い歴史、建築様式の推移が見られるというのは、大変興味深いです。
f0329429_04222307.jpg
五つの扉口(ポルタイユ)が並ぶブールジュ大聖堂の広大な西正面ファッサードは壮観という言葉でも表現出来ません。左右にあるそれぞれ2つの入口は、側廊へとつながる扉です(側廊が左右に2本ずつあるわけです)。シャルトル、ストラスブールなど他のゴシックの大聖堂とはまったく違うユニークさがあります。高さ37m、奥行き141m、幅47mのゴシック様式の建築(フランス国内最大)は偉容と言うにふさわしい。ブールジュ大聖堂前の広場は非常に狭く、残念ながら全体の写真が撮れません。ちなみにベリー公のいとも美しき時祷書の中の大聖堂は、扉口は3つです。

f0329429_19285434.jpg
f0329429_19284108.jpg
f0329429_19290508.jpg
f0329429_19290938.jpg
f0329429_04224286.jpg
1562年にはブールジュがプロテスタントの手に落ちたため、大聖堂の彫刻がかなり傷つけられたそうです。
左から「建築家聖ギョームの生涯」「聖母マリアの生涯」
f0329429_04222929.jpg
13世紀のゴシック彫刻の傑作「最後の審判」。
f0329429_04225163.jpg
中央扉口の右隣が「聖エティエンヌの生涯」右端が「聖ユルザンの生涯」です。
f0329429_04225922.jpg
「聖エティエンヌの生涯」
f0329429_04230842.jpg
中央扉口のゴシックの傑作「最後の審判」のタンパンは、13世紀そのままのほぼ完全な姿だそうです。
f0329429_04233059.jpg
最後の審判のキリスト
f0329429_04231293.jpg
魂の重さを量る大天使ミカエル
f0329429_04231811.jpg
最後の審判の右側。地獄に堕ちる者達。悪魔によって地獄の釜へと追い立てられています。
f0329429_04232410.jpg
最後の審判の左側は、選ばれた者達。


f0329429_19275346.jpg
フライング・バットレス(建築物の外壁の補強のため、屋外に張り出す形で設置される柱状の部分)
f0329429_19274652.jpg
f0329429_19274124.jpg
f0329429_19273742.jpg
f0329429_19273274.jpg
14世紀に入ると南塔が傾き、脇を巨大な控壁で補強しました。補強された控壁が独特です。
f0329429_19272645.jpg


f0329429_19283508.jpg
f0329429_19283141.jpg
f0329429_19282519.jpg
再建された北塔。16世紀に北塔が倒壊したので、ルネサンス様式で再建されました。南塔と建築様式がかなり違います。この塔はかつて「バターの塔」とも呼ばれていました。司教は、塔の再建のために四旬節の断食の期間中でもバターを食べられる権利を売って、資金を集めたそうです。

f0329429_19282003.jpg
f0329429_19281519.jpg
明朝は内部を観光します。


[PR]

by Laviequotidienne | 2016-07-09 23:52 | ゴシック教会